東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)93号 判決 1970年5月20日
原告 タケイ工業株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一双方の申立
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四三年審判第七、五七〇号事件について、昭和四四年八月四日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一 特許庁における審査、審判等の手続の経緯
原告は、昭和三七年一二月一〇日特許庁に対し、「コンクリート強化用混和剤及施工法」なる名称の発明について特許出願(昭和三七年特許願第五四、三六九号。以下「原出願」という。)をしたが、昭和四一年五月九日特許法第四四条第一項に基づき同特許出願を分割して、発明の名称を「強化コンクリート製品の製造法」とする新たな特許出願(昭和四一年特許願第二九、二二七号。以下「本願」という。)をしたところ、昭和四三年九月三日拒絶査定を受けた。原告は、これを不服として、昭和四三年一〇月二一日に審判の請求(昭和四三年審判第七、五七〇号)をしたところ、特許庁は昭和四四年八月四日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同年八月一六日原告に送達された。なお、原出願発明は、昭和四一年一月二二日出願公告決定があり、同年二月二八日特公昭四一―三、四六〇号をもつて出願公告され、同年六月二二日特許査定となり、特許番号第四七八、四一〇号をもつて設定の登録がされた。
二 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由の要旨は、本願発明の明細書の特許請求の範囲(1)記載の発明と原出願発明の明細書の特許請求の範囲(1)記載の発明を対比すると、両者とも強化コンクリートを得ることを目的とするから、その目的は全く同一である。そして、前者が「方法」の発明であるのに対し、後者は「物」の発明である点で、両者はその技術的構成において表現上相違している。しかしながら、前者のコンクリート強化用混和剤を除く各原料を練り混ぜて成形し水養生を行なうことは、コンクリートの製造法として周知であるから、「方法」の点には発明が存在しない。したがつて、前者は単に前記の周知方法において後者と同一のコンクリート強化用混和剤をセメントに混練するというにすぎないものである。また、後者のコンクリート強化用混和剤は、コンクリート原料であるセメント、水、砂、砂利と一緒に混練し、成形、水養生をして強化コンクリートを得ることによつて、その効果が発揮されるものであり、後者のコンクリート強化用混和剤の使用条件が何ら限定されていない以上、その使用方法は周知のコンクリート製造法に単に添加混練するものと解さざるをえない。してみれば、前者は後者の単なる使用の態様と全く一致するもので、その効果も何ら差異があるものと認められないから、両者は実質上同一発明というほかない。次に、本願発明の明細書の特許請求の範囲(2)記載の発明と原出願発明の明細書の特許請求の範囲(2)記載の発明も右と同様の理由により実質上同一と認める。したがつて、原出願を分割して出願した本願は、特許法第四四条第一項にいう適法な分割出願と認められず、出願日の遡及は認められないから、本願の出願日は昭和四一年五月九日となる。してみれば、本願発明は、その特許出願前の出願にかかる原出願発明の特許請求の範囲(1)および(2)記載の発明と実質上同一であること前述のとおりであるから、本願発明は特許法第三九条第一項の規定により特許を受けることができない、というのである。
三 本願発明の要旨
本願発明の明細書の「特許請求の範囲」の項(1)に記載の発明の要旨は、(イ)ポルトランドセメントに、粉末けい酸ソーダと、けい酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムとを加え、水とともに練り混ぜ、次いで、(ロ)砂、砂利を加えて練り混ぜを行ない、その後、(ハ)成形を行ない、さらに、(ニ)水養生を行なうことの四工程からなる「強化コンクリート製品の製造法」にあり、また、本願発明の明細書の「特許請求の範囲」の項(2)に記載の発明の要旨は、(イ)ポルトランドセメントに、粉末けい酸ソーダと、けい酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量と、酸化チタンと、硫酸銅と、硫酸鉄とクロム酸カリとを加え、水とともに練り混ぜ、その後、前記本願発明の「特許請求の範囲」の項(1)と同様の(ロ)ないし(ニ)の工程を経ることからなる「強化コンクリート製品の製造法」にある。そして、本願発明は、いずれも時間的経過とともに順次実施される数工程の結合よりなるものであるから、経時的要素を包含(方法の逐次性)する方法に関する発明である。
四 原出願発明の要旨
原出願発明の明細書(昭和四〇年一二月二〇日付意見書に代る手続補正書による訂正後のものをいう。以下同じ。)の「特許請求の範囲」の項(1)に記載の発明の要旨は、「粉末けい酸ソーダと、けい酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量とを混和してなるコンクリート強化用混和剤」にあり、また、同明細書の「特許請求の範囲」の項(2)に記載の発明の要旨は、「粉末けい酸ソーダと、けい酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫配カルシウム多量と、酸化チタンと、硫酸銅と、硫酸鉄と、クロム酸カリとを混和してなるコンクリート強化用混和剤」にある。そして、原出願発明は、いずれも時間的経過とともに実施される工程の結合でなく、混和剤それ自体に関するから、物の発明である。
五 本件審決の違法事由について
本件審決は、次に述べる理由から違法であつて、取り消されるべきである。
1 審決は、本願発明は原出願発明と目的が全く同一であると認定しているが、本願発明はその発明の実施により、「壁、堰堤その他のコンクリート製品」を提供することを目的とするのに対し、原出願発明はその発明の実施により「剤」を提供するのであるから、両者は目的物が全く相違し、両者の発明の直接の目的は同一ではない。
2 特許法上「物の発明」と「方法の発明」とは全く別の発明であることは、特許法第二条で「物の発明」と「方法の発明」との実施行為を区別している点、特許法第三八条ただし書で、「物の発明」と「方法の発明」とを別個の発明と断じ、特にこの二種の出願を一出願として出願することを許している点(特許法第三一条の「追加の特許の要件」をも参照)、特許法第一〇一条の規定において、侵害とみなす行為について、「物の発明」と「方法の発明」とを区別している点、旧特許法時代の確認審判において、「物の発明」と「方法の発明」との権利関係の確認については、技術内容を詳細に審理することなく、単に「物の発明」と「方法の発明」とは全く別個のものであることを理由に請求を認めなかつた取扱例(現行特許法においても、この点の基本的考え方が変更される程の改正は、されていない。)等に照らして、明らかであり、審決が本願発明と原出願発明が同一であると判断したのは誤りである。
3 審決は、原出願発明と本願発明とは技術的構成からみて表現上相違するのみというが、原出願発明は「コンクリート強化用混和剤」そのものの技術的構成であるのに対し、本願発明は原出願発明の混和剤をポルトランドセメントと水を加えて混練し、これに砂、砂利を練り混ぜ、後に成形し、水養生することにより強化コンクリート製品を製造する方法であるから、後者は「水とセメントを使用しての混練」、「砂、砂利を加えての混練」、「成形」、「水養生」という操作的技術が加わつている点で前者と相違し、したがつて、両者は全体の技術的構成において相違し、単に表現上の相違にとどまるものというをえない。この点に関し、審決は、原出願発明にない本願発明の構成上の技術は、単に原出願発明の使用方法にすぎないものと解しうることを理由に、両者は実質的に同一発明というのであるが、本願発明の技術が原出願発明の構成上の必須要件となつていない以上、原出願発明の明細書を本願発明の出願前に頒布された刊行物として新規性、進歩性を判断する場合はともかく、原出願発明の明細書に記載された「強化コンクリート製品の製造法」と「コンクリート強化用混和剤」とが同一発明かどうかを定めるに当たつて、審決のような解釈を加えて、原出願発明の要旨を認定することは、要旨の認定を誤つたもので違法である。
4 審決は、本願発明の構成要件の中から最も重要な要件である特殊の「コンクリート強化用混和剤」を除くと、本願発明には方法として発明が存在しないというが、このような認定は不合理であり、不適法のものである。方法に関する発明の新規性は、その方法に使用される材料をも含めた全体によつて判断されるべきである。すなわち、方法の発明における工程の順序および大要に特に新しい点がないとしても、その工程中に新規の発明があれば、その方法には十分に「方法」として、新規の発明が存在するとみるべきである。本願発明は、その第一工程において新規性、進歩性があるから、全体としても新規性、進歩性を有し、当然特許法第二九条の規定により特許されるべきである。
5 審決は、原出願発明は、そのコンクリート強化用混和剤の使用条件について何らの限定をしていないから、その使用方法は周知のコンクリート製造法に単にコンクリート強化用混和剤を添加混練するものと解すべきものとしており、この点は一応首肯できるけれども、原出願発明のコンクリート強化用混和剤は本願発明と異なるコンクリートの製造法にも使用できるものであつて、周知のコンクリートの製造方法への適用は、ただ一の実施例にすぎない。したがつて、この周知のコンクリート製造法のみを採り上げて原出願発明を判断したことは、事実の認定を誤つたものというべきである。
6 審決は、本願発明からコンクリート強化用混和剤を除いたものと原出願発明の使用方法とがともに周知であるとしているが、一出願中に二発明が含まれているかどうかを判断する段階においては、新規性は問題とならない。もし、審決の論法をもつてすれば、本願発明のコンクリート強化用混和剤を除いたものが、仮に新規有用なものであつたとしても、それが原出願発明の使用方法としてその明細書に説明されている場合は両発明を実質的に同一発明としなくてはならないこととなる。それでは、法が発明の対象を物と方法とに区別し、それぞれについて特許権を付与する機会を与え、また、分割出願を認めて出願人を保護することとした法意に反するものであり、ひいては工業所有権保護同盟条約第四条庚に違反する結果ともなる。
7 審決は、本願発明の効果と原出願発明の混和剤を使用した場合の効果に差異がないとしているが、最終的効果の異同は発明の同一性の判断の資料になつても、それがすべてではない。このことは、特許法第三八条第一号に目的の同一(効果の同一と一致するものと解する。)を積極的に必要条件とし、この目的の同一のものを別個の発明と認めていることから明白である。
以上要するに、本願発明は原出願発明と同一のものではなく、したがつて、原出願を分割して出願した本願は適法な分割出願であり、本願発明の出願日は原出願発明の出願日となるから、本願発明が特許法第三九条第一項の規定により認められないとした審決は、違法であり、取り消されるべきである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のように述べた。
一 請求の原因第一項および第二項の事実は認めるが、第五項の本件審決が違法であるとの主張は争う。
二 比較されるべき二発明の表現されたカテゴリーが異なれば、その二発明は形式上別発明であるかのようにみえるが、その二発明が同一の技術思想を別のカテゴリーの面からとらえて表現したにすぎない場合は、右の二発明は同一と解すべきである。本願発明と原出願発明とについてこの点を検討するに、本願発明が「強化コンクリート製品の製造法」であるのに対し、原出願発明は、「コンクリート強化用混和剤」にかかるものであるから、そのカテゴリーが相違することは明らかである。そして、このカテゴリーの相違に基づく両発明の構成部分の差異は、(イ)本願発明が原出願発明の「コンクリート強化用混和剤」をセメントに混練するということであり、カテゴリーの相違に基づかない両発明の構成部分の差異は何ら存在せず、(ロ)原出願発明が「物」の発明であるに対し、本願発明は原出願発明の物を使用して強化コンクリートを製造する工程からなる「方法」の発明の構成を採つていることに差異がある。しかし、右の差異の技術的意義を考えてみるに、(イ)の点は、同一の技術的思想を別のカテゴリーの面からとらえて表現したにすぎないものであり、また、(ロ)の点は、コンクリート製造法として自明の工程であつて、「混和剤」を除いて何ら特許される発明を包含するところがないから、技術的意義は存在しない。
したがつて、本願発明における技術的思想は、「コンクリート強化用混和剤」そのものに存するものであり、原出願発明との構成上の差異は自明の方法の付加にすぎないから、結局、本願発明は原出願発明と同一の技術的思想を表現形式を代えて出願したものといわざるをえない。
右のとおりであるから、本願発明は原出願発明と実質上同一のものに帰するのであり、この趣旨に基づいてなされた審決は正当であつて、何ら違法の点はない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原出願発明および本願発明の特許庁における審査、審判等の手続の経緯に関する請求の原因第一項および本件審決の理由の要旨に関する同第二項の事実は、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第三号証(原出願の願書および明細書)、第四号証(昭和四〇年一二月二〇日付意見書に代る手続補正書)および第五号証(原出願発明の特許公報)によると、原出願発明の名称は昭和四〇年一二月二〇日付の手続補正書により「コンクリート強化用混和剤」と訂正され、その明細書には「特許請求の範囲」として、「(1)粉末珪酸ソーダと、珪酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量とを混和してなるコンクリート強化用混和剤(2)粉末珪酸ソーダと、珪酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウム多量と、酸化チタンと、硫酸銅と、硫酸鉄と、クロム酸カリとを混和してなるコンクリート強化用混和剤」と記載され、明細書の「発明の詳細な説明」の項には、「この発明は最近著しく微細化されつつある粒子からなるセメントを使用して強固で耐久性に富むコンクリートを得るためのコンクリート強化用混和剤に関する。元来コンクリートに強度と耐久性とを与えるためにはコンクリート内の組織を均等に組立てるために長い時間をかけることであり、内部反応が急激であつてはならない。そこで過去のようにセメント粒子が粗い場合は、セメントの全表面積が小さいので、従来の強化用混和剤、例えば珪酸ソーダ溶液に石灰、アルミニウム、クロム、銅、鉄、鉛、亜鉛等の塩類の水溶液を加えたものをセメントと共に練り混ぜても各薬品の作用は最初に激しいだけで水和によつて生ずる成分が徐々に出来るため全体的に見ればその作用が緩慢であり膨張収縮によるひびわれの欠点こそあれ他に大きな欠点はなかつた。然るに最近のようにセメント粒子が微細化されると、その全表面積が大きくなるため水和が急速に進行し、加えられた薬品類との作用は終始激しく行われ、その上セメントは早く固くなる性質をもつから均等な組織に組立てられる以前に固化し内部構造は乱雑となり部分的に強弱を生じ、作業期間を短縮するが後日その境界からひびわれを生じコンクリートの使命を果すことが出来ない結果となる。」と、従来のセメント強化用混和剤使用の場合の技術的欠陥について記載され、続けて、「この発明は主として次に示すことによりこの欠点を除去し、細かいセメント粒子に適応する強化用混和剤を提供しようとするものである。(1)均等な組織に組立てられるだけの時間を与えるため、その妨害となる早期乾燥を阻止する。(2)コンクリート内におけるセメント成分と加えられた薬品との反応は、両者が水溶液の場合最も円滑であり、一方が溶解し他方が固体の場合は著しく緩慢となり、両者が固体の場合は反応しない点に着目し、加える薬品を固体として徐々に溶解させ、時間をかけて反応を行わせる。(3)加える薬品から出来る活性珪酸を高分子化し高分子化合物による強力な組織を加えるもので、そのために珪酸ゲル又は保水剤が水を放出しがたい性質を利用して乾燥を阻止し、内部反応によつて珪酸が凝結するようにし、均等な組織が組立てられ且つ高分子化が著るしく進んでセメントによる強度の上に更に大きい強度を加わらしめる。(4)加える薬品の単独の作用のみならず併用する他の薬品との相乗作用を利用する。そこで本発明は粉末珪酸ソーダと珪酸の遊離剤例えば珪酸ソーダ被膜で包んだ硫酸アルミニウム、グリセリントリアセテート、燐酸アンモニウムと、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量とにより混和剤を製し、またそれらにさらに酸化チタン、硫酸銅、硫酸鉄、クロム酸カリを加えてコンクリート強化用混和剤となし、それらの混和剤を水、ポルトランドセメントに加えて練り混ぜ更に砂、砂利を加えて練り混ぜ成形し水養生を行いコンクリートの作成に使用するのである。」と、発明の課題および課題を解決する方法について記載され、次いで発明にかかる強化用混和剤の使用の場合の実施例についての記載があり、さらに作用、効果に関し、「本発明を利用すれば長期強度が伸び、老化現象が起り難くな」り、また、「セメントの節減ともなる」と記載されていることが認められる。これらの記載事実に徴すると、従来のコンクリート強化用混和剤は、最近のようにセメントの粒子が微細化されると、その全表面積が大きくなるため水和が急速に進行し、加えられた薬品類(強化用混和剤)との作用は終始激しく行なわれ、一方セメントは早く固くなる性質があるため均等な組織に組み立てられる以前に固化し、内部構造が乱雑となり、部分的に強弱を生じ、後日その境界からひび割れを生ずる結果となり、コンクリート強化の目的を十分に達し難い欠点があつたところ、原出願発明はこの欠点を除去することを発明の課題とし細かいセメント粒子に適応するコンクリート強化用混和剤を提供することを目的とするものであり、その発明の要旨は明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりと認めることができる。
三 一方、成立に争いのない甲第二号証(本願の願書および明細書)によると、本願発明の明細書には、「特許請求の範囲」として、「(1)ポルトランドセメントに水を加えて練り混ぜるに当り、これに粉末けい酸ソーダと、けい酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムとを加えて第一次の練り混ぜを行い、その練り混ぜの後に砂、砂利を加えて更に第二次の練り混ぜを行い、その後に成形し更に水養生を行うことを特徴とする強化コンクリート製品の製造法。(2)ポルトランドセメントに水を加えて練り混ぜるに当り、これに粉末けい酸ソーダと、けい酸の沈澱剤と、塩化カルシウムおよび硫酸カルシウムの多量と、酸化チタンと、硫酸銅と、硫酸鉄と、クロム酸カリとを加えて第一次の練り混ぜを行い、その練り混ぜの後に砂、砂利を加えて更に第二次の練り混ぜを行い、その後に成形し、更に水養生を行うことを特徴とする強化コンクリート製品の製造法。」と記載され、その明細書の「発明の詳細な説明」の項には、まず、従来のセメント強化用混和剤使用の場合の欠陥について、前記原出願発明の明細書の記載と同一趣旨の記載があり、次に、この欠点を除く製造法を得ることを発明の課題とするとの記載に続けて、本願発明の主眼点として、原出願発明の明細書中課題解決の方法に関する記載として前掲したところと同趣旨の記載がされ、実施例として原出願発明の明細書と同一例が示され、さらに作用効果について、「強度の伸びを著しく増加」し、「セメントの節約ともなる」と記載されていることが認められる。叙上認定の事実に徴すると、従来のコンクリート強化用混和剤は、最近のようにセメントの粒子が微細化されると、前記のとおりの欠点を生じ、十分にコンクリート強化の目的を達し難いので、本願発明はこの欠点を除去することを発明の課題とし、特定の薬品を使用して強化コンクリート製品を得るための方法を得ることを目的とするものであり、その発明の要旨は、明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの強化コンクリー製品の製造法と認めることができる。
四 そこで、前記認定した事実に基づき、原出願発明と本願発明とを対比するに、本願発明の特許請求の範囲(1)および(2)は、従来のコンクリート強化用混和剤を加えて行なう周知のコンクリート製造法において、従来のコンクリート強化用混和剤に代えて原出願発明の特許請求の範囲(1)および(2)に記載の強化用混和剤をそれぞれ使用したものであることは明白であり、両発明がコンクリート製造に用いる従来のコンクリート強化用混和剤の欠陥を克服する手段として開示したところは、表現形式上前者は「物」の発明であり、後者は「方法」の発明であるけれども、その技術思想の実質は、コンクリート製造の際に添加する薬品すなわち強化用混和剤にあるものであり、両者その使用領域を全く同じくし、また、作用効果においても同一であることを認めることができる。右に認定したところからすると、原出願発明と本願発明は、同一の使用領域に有利に使用しうる新規な材料を見出だすことが基礎になつており、本願発明は原出願発明にかかる物の使用目的に従つた自明の使用行為にすぎないもので、それ自体何らの発明性を有しないものといわざるをえないから、結局、原出願発明と本願発明とは同一の発明と解すべきである。
五 原告は、本願発明は原出願発明と同一性がないとして、その理由を縷々主張するから、以下判断することとする。
まず、原告は「物」の発明と「方法」の発明は異なる旨主張するのであるが、本願発明と原出願発明とが同一の技術思想を開示したものであり、本願発明が原出願発明の自明の使用行為であつて、それ自体原出願発明に性質上当然含まれるべきものである点に徴すれば、両発明は単なる表現方法の相違があるにすぎないものと解すべきこと前説示のとおりである。「物」と「方法」の発明である以上その発明の内容いかんにかかわらず、常に異別の発明と解する原告の主張は到底採用できない。なお、原告は原出願発明と本願発明は単に表現形式上の相違に止まらず、技術上の構成も異なり、本願発明の技術は原出願発明の構成上の必須要件となつていないから、両者は別発明である旨主張するが、さきに認定したとおり、原出願発明の技術内容と本願発明の技術内容は帰するところ同一であり、本願発明が原出願発明の自明の使用方法にすぎず、方法の点に発明性が認められない以上独立の発明を構成するものといい難い。したがつて、原告主張のように別発明と解することはできない。また、原告は、「方法」に関する発明の新規性は、その方法に使用される材料を含めた全体によつて判断すべきであり、その工程中に新規な発明があれば、方法としても新規な発明とみるべきであると主張するけれども、本願発明が原出願発明の自明の使用態様であり、それ自体何らの発明性がないこと前記認定のとおりである以上、その方法に特許性があるものということはできない。なお、原告は、審決の判断に関して工業所有権保護同盟条約第四条庚に違反する趣旨の主張をするが、右は審決の判断に対する誤解に基づくものというべく、審決は一出願中に記載された二発明間において、そのうちの一の発明(以下「特定発明」という。)との関係で他の発明が同一発明となるかどうかを判断したに止まるのであつて、他の発明が特定発明と別発明であり、かつ、特許要件を具備する場合に特許されることを否定する趣旨でないことは明白であるから、右の審決の判断が原告主張のように工業所有権保護同盟条約第四条庚に違反する結果を招くことにならないことはいうまでもない。
その他、原告が両発明の目的の同一性、効果等に関連して主張するところは、原出願発明と本願発明が同一発明であるか否かについての前記の判断で示したとおりであつて、これら原告の主張はいずれも採用するに由ない。
六 してみれば、原出願には、二発明でなく、単一の発明が記載されているにすぎないから、本願は分割出願の要件を備えないものというべく、したがつて、本願は全く新たな出願とみるべきであり、特許法第四四条第三項の出願日の遡及を認めることができないところ、本願発明は先願である原出願発明と実質上同一の発明であること前記認定のとおりであるから、特許法第三九条第一項の規定により特許を受けることができないものといわなければならない。
七 以上の理由により、右と同趣旨の判断をした本件審決には何ら違法な点はないから、同審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川真佐夫 武居二郎 楠賢二)